***rat***
無我の研究に夢中だった俺は、
大切な物が犠牲になっていることに気付かなかった

rat


「千歳って、入院中は無我の研究しとったんやろ?」

編入して来てまだ間もない頃、白石と帰っていた時の話だ。


「うん。まぁ…」

千歳の表情が曇ったように見えた
「いらんこと聞いてもーた?」
「いや、そげなことなかね。ただ…大事な物を失いそうになったから」



xxx
俺は大学病院で検査を受けながら無我の研究もしとって、
奥が深過ぎるその世界に段々とのめり込んでしまい
自らを犠牲にしながらも深い、深い穴の中から答えを見出してやろうと夢中になっとって

気が付けば自分の世界しか見えていなかった時があった


「このデータ、どこで?」
そんなある日、起きてはならない現実が目の前で起こってしまった

忘れもしない、その日は夕立が酷くて
雷が引っ切り無しに地上を照らしては消えていた位だ

「えぇ…実験に参加させて欲しいって人の物で…」

一緒に研究していた研究員もどこか言い難そうで
様子に違和感を感じていた
「実験に参加したいって、同級生とか」
「そうね、友達…かな?」

「俺に何か隠してません?さっきから目が泳いどるのが気になって」
「流石千歳君ね…けど、言っちゃいけないって約束だから言えないの」

「その人が?」
「そう、その人が。」

「ばってんこのデータ…相当な精神力が無いと…」
データの取り方は普通の人間やったら自暴自棄になる位過酷なやり方だった


"black box"

研究員の間ではそう呼ばれている。
何もない黒い部屋にひたすら閉じ籠もって、ギリギリな状態になってからの検査

「で…この検査をやった本人は?」
「データを見ての通り、実験は成功して良い記録が取れたけど今は病室で寝てるわ。
神経衰弱に疲労困憊。少し休めば戻ると思うけど」

「そこまで自分を犠牲に・・・?」
疑問が残る中、病院内を回っていると
いつもお世話になっている看護師さんと鉢合わせした

「あら、千歳君。今日はお見舞い?」
「お見舞いって、誰の?」
「あれっ、もしかして知らなかった?」
しまったという表情を浮かべながら口を隠す

「教えて下さい、入院しとるのって誰なんか」


看護師さんから入院しとる人物の名前を聞いて
疑問だらけだった頭の中が一気に解決の方向へとまとまって

俺は真っ先に研究室に戻った


「千歳君…どうしたの急いで」
「このデータ、のじゃなかね!?」





「どうして?」
「看護師さんからが入院しとるって聞いて、
もしこれと関係しとるんやったら辻褄が合う…から」




出来れば自分の思い過ごしであることを願いたかった




しかし、次の言葉を聞いてそれは絶望的な物となる

「私達も止めたんやけど…」

「そんな…一体何の為に」
頭を抱えながら床に跪く
「あなたの為よ、千歳君」

わけが分からない。どげんして・・・


「これ以上あなたの苦しむ姿を見るくらいなら、自分も研究に使って欲しい…って」
「ばってん、無我の実験は自分を窮地に追い詰めたりするばい。
肉体的な面は勿論、精神的にも強くないとボロボロになるだけ…」
ちゃんはそれも知ってた。知ってて自分を売ったのよ。全ては千歳君の為に」



「…」

千歳の左目は今にも涙が零れ落ちそうな程潤んでいた
包帯で隠れている右目もきっと、同じ状態になっているに違いない

「そ、そんな悲しい目で見つめられても…」
ちゃんに申し訳無いけど…抱き締めたくなるじゃない…!!

「俺のせいだ…俺が夢中になっとったから」


ポロポロと流れる涙と比例するかのように
研究室の窓を上から下に伝う豪雨



何故自分は気付かなかったんだろうと今更後悔したところで後の祭

「病室…は何号室に?」
「一般病棟じゃ無いの。研究用の特別室に」
「分かりました」


それを聞くと、片目しか見えない視界の中
千歳は走って研究室を後にした

バラバラに散らばったデータ資料を集めながらふと思う

「あの子は勘が鋭過ぎるわ」

…と。


xxx


暗い病室に一人静かに眠っている
ゆっくりと点滴が落ち、外の豪雨と雷の音だけが嫌に大きく響き渡っていた

握り締めた左腕を額に付けながら呟く
「すまん…」











あれから何時間眠っていたのだろう

千里の実験、手伝おうと(自分なりに)頑張ってたのに
いつ意識を失って、ここに運ばれたのかさえ分からない

薄目を開け、真っ先に視界に入ったのは

暗いけど、きっと真っ白な天井


雷が光る度に雨粒だらけの窓ガラスがカーテンに映る

外は土砂降りか…
それより一番気になっているけど恐くて触れていなかったことがある。

「左腕が凄く温かい」


恐る恐る覗くと、そこに在ったのは―


…しまった、バレてる。確実に怒られる


よっぽど疲れていたのか、まだが起きていることに気付いてないらしい

「?」
目元だけ包帯が濡れてる…







泣いてた?

まさか、泣く理由がない

「ね、寝てるふりしようかな…怒られたくないし」

すっかり目が覚めてはいるが、無理やり寝ようとする


羊が1匹、羊が2匹…





羊が185匹…186匹…

ダメだ、眠れない

点滴はまだ終わりそうにないし・・・
私なら大丈夫だからもっとガンガン入れちゃって欲しいものだわ、全く!!

「あ…寝とった」

握っていた片手を外すと、顔を覆いながら独り言を呟く


は、起きた!

、何やっとると」
即行気付かれた!しかも自分の点滴手にして私怪し過ぎる…!
「て…点滴速くなるスイッチ無いかなっ…て」

確実に怒られると思って愛想笑いも引き攣っていた位だったのに

「周り見えとらんかった、すまん」
千里は謝りながら私を抱き締めた


「な、怒らないの?」
「怒る?悪いのは俺ばい…
研究に夢中過ぎてが心配しとった事、全然気付かんかった」

「心配して勝手に実験に加わったのは私だし」
「心配される程自分の世界に入ってた俺が悪か…辛い思いしとったやろ?」

「千里の負担が少しでも減るならこの位」
「いや、もう無理な研究はせんから」

「でも、無我の奥知りたいなら最後まで…」
「何かを犠牲にしてまで知ろうとは思わんたい、
それに…一つを知る為に三つを調べるって感じで
とにかく掴めん物ばいね、無我の扉は」

「そうなの?」

「ざっくりまとめるとそういう解釈になるばいね。
これからはしっかり見るから、もう勝手にラットにならんで」
「千里が良いなら、私は構わないけど」


点滴が終わる頃には
水たまりは酷いものの、すっかり雨も上がっていた

「データ整理が終わったらもう研究室には行かん事にするたい」
「勿体無っ!折角研究チーム組んだんだからもう少し続ければ良いのに」
「大事なネズミがまた逃げ出すと困るから」
「…ラットじゃなくて?」
「いや、ネズミ」


ラットは実験材料と言う意味もある
ネズミはつまり、実験材料にはしないと言う千歳なりの意味が込められていたらしい


「ネズミは良く動くからね、目離すと居なくなっちゃうよ?」
「大丈夫、しっかり捕まえておくから」




xxx
「へぇ、編入前にそないドラマがなぁ」
「ドラマっていうか、一番の失敗話やな・・・」


「千里!蔵リ〜ン!!」
「せやから蔵リンて呼ぶな!!お前だけやで、女子でそう呼んどるの」

「だって蔵君は固いって言うから、蔵リンが良いんじゃないかって。千里が」
「千歳…ちゅーかいつ九州から遊びに来とったん」
「さっき!ほら、今日金曜だし〜」

「…その行動力はまさにネズミやな、〜」
「ネズミって…もしや点滴の話したの!?」
「点滴っていうか…その前後の話も込みで全体的にな」
「何だ全体的にか、良かった〜」


「…やっぱり実験材料になったせいでずれたんやない?」
「いや、これは元々ばい…」
「え、何?」
「な、何でもあらへん」


END


>>>コメ。<<<
切甘!これは切甘!?(何ですかそのテンション)私的には切甘な感じの話でした:-)
地味にナガキョリコイ辺りのヒロインだったりして。
ちなみに無我についての実験方法や調査結果はあくまでも私なりの勝手な妄想です。
オフィシャルの物ではありませんので、悪しからず((orz



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